プロローグ

「フィルの飼育権更新ができなくなりました」

 この春、家令がついに言い渡した。パテルがフィルを引き上げる決意をしたのだという。

 フィルはヴィラの支配者パテル・ファミリアスの所有であり、あなたは飼育権しか獲得できなかった。

 ここまで長く飼わせておいたのだから、所有権もそろそろ手放すのではないかという見通しは甘かった。パテルはやはりあの賢く美しい犬への執着をうしなっていなかったのだ。

 あなたは持っている手づるを片端からあたって、パテルにかけあおうと動いた。
 が、成果はなかった。沈黙の壁があなたの声をさえぎり、パテルに近づくことすらできない。ごく親しい友人は危険だ、とあなたをいさめた。ヴィラ・カプリでパテルを相手に犬を争うなど正気の沙汰ではないのだ。

 しかし、フィルはあなたの犬だ。あなたは彼の主人なのだ。
 いかなパテルとて、可愛がっている愛犬をやすやすと手渡すわけにはいかない。

 なにも手だてがないまま時間だけが過ぎた。
 フィルはまだ成犬館にいたが、すでに面会さえできなかった。ほかの犬たちも、事情を聞いてショックを受けていた。

 そんな折、家令から不思議な申し出を聞いた。

「ご主人様がどうしてもフィルにご執心であれば――」

 なんとパテル側が、フィルを獲得するチャンスを与えるというのだ。

「次の設立記念のゲームの賞品は100億セスか望みの犬一匹です。ここにフィルを指名してください。見事ゲームに勝利したならフィルはご主人様のもの。敗退した時はいさぎよくあの犬のことはあきらめてください」

 破廉恥でグロテスクなヴィラのゲームだ。あなたが負ければ、フィルをうしなうばかりか、あなた自身の名誉さえ奪われるだろう。
 家令の目があなたの覚悟を問う。

 
ご主人様
 フィル・ゲームに参加しますか。


 のぞむところだ!

 




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